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札幌地方裁判所 昭和44年(ワ)643号 判決

原告 北海道建設砂利株式会社

右代表者代表取締役 山本義雄

右訴訟代理人弁護士 中島達敬

被告 国

右代表者法務大臣 稲葉修

右指定代理人 小林正明

〈ほか五名〉

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対して、金二、二二二万円及びこれに対する昭和四四年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の採石権の存在

原告は、昭和三八年七月二七日石狩川左岸に臨む砂川市西豊沼地先、樺戸郡新十津川町字下徳富五九三番地(現二三四番の六)雑種地三九、九八三平方メートル(四町〇反三畝五歩)のうち別紙図面のA(三一、四五四平方メートル)及びB(八、五二九平方メートル)の土地(以下、単にA地、B地という)について、その所有者訴外栗山孝信との間において、存続期間一〇年、採取量一ヶ年一万坪以内との砂利の採石権設定契約を結び、以来右両地を唯一の事業場として砂利採取をなし、砂利販売業を行なっていたものである。

2  原告の砂利採取現場への通行権

ところで原告は、A地及びB地からの採取砂利の運搬につき、砂川市街方面から順次砂川市管理にかかる市道南四号線及び市道西四線(うち北海道開発局施行の石狩川砂川地区改修事業(以下、本件改修事業という)によって新しく掘削される別紙図面の新水路敷地部分(以下、新水路敷地という)を含む)を経由し、更にそれから先に存する民有地内に設けられた私道を唯一の通行路として使用していたものである。

仮に、右新水路敷地部分が市道西四線に含まれず、被告所有の河川区域に含まれていたものであったとしても、原告はこれを通行し得べき囲繞地通行権を有していたものである。即ち、右A地及びB地は東、北、西の三方を石狩川に、南方を民有地並びに右被告所有の河川区域により囲繞せられていたため、右A地及びB地から市道西四線に通ずるためには、順次右A地及びB地に接する民有地及び被告所有の右新水路敷地部分を経て市道西四線に至る外、他に方法がなかったものである。したがって、原告は右新水路敷地部分につき囲繞地通行権を有していたものである。

3  被告による右通行路の通行の禁止及び遮断

(一) 被告は、北海道開発局石狩川治水事務所(現石狩川開発建設部)奈井江事業所を設けて昭和三九年七月ころから本件改修事業を施行していたが、同事業所長安彦弘は、昭和三九年一一月四日右改修事業についての現地における工事説明会の席上、被告においては、別紙図面記載の石狩川新水路の掘削工事施行にともない、その新水路敷地部分において右通路を遮断することになるので、原告の同所を経由してのA地及びB地への通行、殊に砂利の運搬が不可能となり、右地区における原告の砂利採取業は昭和四〇年度以降継続できなくなる旨の通告をなし、以って右通路のうち新水路敷地部分の通行を禁止した。原告は右新水路の掘削工事が数年の長期に及ぶものであること、砂利運搬道路を新たに原告独力で開設することは、技術的にも経済的にも不可能なことを熟考したうえ、A地及びB地からの砂利運搬は昭和四〇年度から不可能となるものと判断し、やむなく昭和三九年度限りで右両地での砂利採取事業を休止するに至ったものである。

(二) 又、被告は昭和四〇年四月初めころにいたり、現に右新水路敷地部分に掘削工事を施行し、その結果、原告は同年七月ころ迄の間は被告の設けた迂回路を通行してA地及びB地へ通行し得たものの、同年七月ころにいたるや右迂回路も被告において右新水路掘削工事の進行に伴ないこれを閉鎖潰廃したため、以来A地及びB地への通行は全く遮断され、その結果原告は右砂利採取事業を廃止するのやむなきに至ったものである。

殊に、砂川市長は昭和四〇年一二月二〇日に、右市道西四線のうち右新水路敷地部分の路線廃止をなしたものであり、被告の右掘削工事はそれ以前になされたものであってその違法であることは明らかである。

4  損害賠償の請求

右原告に対する新水路部分の通行の禁止、及び新水路敷地部分並びにその迂回路の通路の遮断は、被告の石狩川治水事務所奈井江事業所長が、その職務を行なうについて故意によりなしたものであるから、被告は原告がこれにより被った損害を賠償すべきものである。

5  損害

原告は、殊に右A地における砂利採取運搬を昭和四〇年四月以降休止するのやむなきに至り、又同年七月以降右A地における砂利採取事業を廃止するのやむなきに至った結果、以下の損害を被ったものである(一万円未満切捨て)。

(一) 砂利採取権消滅に係る損害額

金六六四万円

算定はホスコールド方式を採用し、その数値はB地について土地収用委員会裁決に用いられたものを用いた。A地の面積を三一、四五四平方メートルとして計算している。

・採石権設定期間は、昭和四八年七月までであるから、昭和四〇年四月以降の残存年数は八年としているが埋蔵量に対する可採年数を五年とする。(n)

・毎年の純益金   三、〇六二、〇〇〇円也(a)

・報酬率                 〇・一五(s)

・利益蓄積率              〇・〇六(r)

・今後投下すべき起業者の現在価     〇(E)

・資産現在処分価 二、七〇〇、〇〇〇円也(F)

(二) 建物、工作物等の諸施設の移転に要する損害額    金八一一万円

A 本社移転(札幌市南一三条西一四丁目一四八六番地所在から深川市に移転)         金二〇二万円

木造モルタル塗亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積 一階   一〇五・九一平米

同   二階    二八・九二平米

計 延面積一三四・八三m2

15,000円/m2×134.83m2=2,022,450円

B 従業員宿舎移転(砂川市西豊沼二一八番地所在から深川市向陽に移転)

金九三万円

(畳、建具ポンプ什器付)

宿舎 木造亜鉛メッキ鋼板葺 平屋建

一棟 六九・三m2

便所 同     一棟  三・三

浴場 同     一棟 四・九五

計 七七・五五m2

12,000円/m2×77.55m2=930,600円

C 工作物、構築物移転

計 金五一六万円

移設に当り解体撤去の費用は原告負担とし、移転先への運搬、組立、据付の復元に要する費用のみ計上した。

・砂利流送装置

流送樋        一基

砂利受ホッパー    一基

二〇〇、〇〇〇円

・選別、水洗装置

ローヘッドスクリーン 二基

基礎コンクリート   一式

ベルトコンベア    四基

六一〇、〇〇〇円

・揚水配管装置

ボリュームポンプ   一基

鉄管        一式

一七〇、〇〇〇円

・照明、配電装置

電柱        四本

配電盤        一式

五〇、〇〇〇円

・動力線引込費

電柱 一〇本 トランス七五KW

電線一二〇〇m

負担金        一式

二一〇、〇〇〇円

・貯水池

掘さく  四一七五m3  一式

八三五、〇〇〇円

・盛土

盛土 八五五〇m3  一式

切込砂利

一、九〇五、〇〇〇円

・木造土留壁     一ヶ所

一九〇、〇〇〇円

・専用運搬道路築造 五〇〇m 一式

一、〇〇〇、〇〇〇円

(三) 移転に伴う休業補償

金三二〇万円

休業を必要とする期間

建物移転・・・移築工法 四ヶ月

工作物構築物移転…解体工法 六ヶ月

この場合営業休止期間六ヶ月とする

冬期間の移転は不可能であり、かつ砂利採取可能期間は四月から一一月までの八ヶ月であるから

営業休止期間 6ヶ月/8ヶ月=0.75年

休業補償額=年収益額×0.75=4,278,825×0.75=3,209,120円

(四) 得意先喪失補償  金四二七万円

得意先を深川市、旭川市、留萌市等全く新しい土地に求めねばならないので収益額の一年分とする。

原告会社の三ヶ年間における平均年純益額はつぎの通りである。

三七年度 五、七七一、八七九円

札幌中税務署査定額

三八年度 五、一〇〇、八五六円

原告会社損益計算書による

三九年度 一、九六三、七四〇円

平均純益額 金四、二七八、八二五円

損害賠償請求額合計   金二、二二二万円

6  よって、原告は被告に対し、右損害金二、二二二万円及びこれに対する被告への本訴状送達の翌日たる昭和四四年五月一二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告と訴外栗山との間に原告主張の時期にA地及びB地につき採石権が設定されたこと、原告が以来砂利採取販売業を営んでいたことは認めるが、採石権の内容及びA地、B地を唯一の事業所としていたことは知らない。

2  同2のうち、原告がその主張の経路を通行してA地から採取した砂利を運搬していたことは認めるが、その余の事実は否認する。市道西四線の路線の区間は砂川市街地方面から新水路敷地部分の手前(市道南三号線との交点)迄の部分であり、しかして、同地点より先の本件新水路敷地部分は、被告所有の公共用物たる河川区域に含まれるものであり、しかも原告はこれを自由使用していたに過ぎないものである。

3  同3の(一)のうち、被告が原告主張の時期に本件改修事業につき説明会を開催したことは認めるが、その余の事実、殊に、被告が原告に対し原告主張のような通告をしたことは否認する。同説明会では、被告は原告に対し、本件改修事業のうち昭和四〇年度着工予定の砂川地区の改修工事の概要及びこれに伴なう損失補償について一般的説明をなし、右工事に対する協力を要請したに過ぎない。このことは、被告が昭和四〇年三月二四日付文書を以って原告に対し、昭和四〇年度の営業を継続しても差し支えない旨通知したことからも明らかというべきである。仮に、被告が右説明会において原告に対し、昭和四〇年度の砂利採取が本件改修事業にともない不可能となるかもしれぬ旨の説明をしたとしても右説明には何らの法的拘束力もなく、又、右説明により原告の砂利運搬が現実に妨害されるものでもない。原告は右説明会において改修工事の実施されることを知り、補償金を得ようとして任意に営業を休止したものであって、それは同人の自由な意図によるものに過ぎず、説明会における通告と営業の休止との間に因果関係はない。

4  同3の(二)の事実のうち、被告が原告主張の日時ころ、原告主張の通路のうち新水路敷地部分を、その水路掘削工事施行により潰廃し、又、原告主張の日時ころ迂回路も閉鎖したこと、砂川市長は昭和四〇年一二月二〇日に市道西四線の一部廃止(但、右新水路敷地部分はこれにあたらない)をなしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告が原告のA地及びB地に至る通路の通行を不能にしたとしても、原告の利益を侵害したとはいえず、また違法性ありともいえない。即ち、原告が砂利運搬の用のため本件における新水路敷地部分を通路として使用していたとしても、これは被告所有の公物たる河川区域を便宜上自由使用していたものであるから、原告は反射的利益を享受しうるにすぎず、原告が被告の右新水路掘削工事施行のためその部分の右通路の使用が出来なくなったとしても、原告自身の利益が侵害されたとはいえない。又、右通路の遮断は河川改修事業の必要という公共の目的を理由とするものであるから、違法なものとならないことは当然であり、補償の問題が生ずるに過ぎないものというべきである。

そして、被告が市道西四線につき路線廃止に先だち新水路掘削工事に着工したとしても元来、右新水路敷地部分は市道西四線には含まれないのであるから、その路線の廃止、変更手続とは何ら関係のないことである。又、被告は右新水路敷地部分の通路の遮断にあたり、迂回路を設置して通行を確保せしめたのであるから、右通路を閉塞廃止したことにはならないし、道路法上の手続によって設けられた迂回路でないからといって直ちに路線遮断が違法となるべきではない。

5  同4及び5は争う。

三 抗弁

仮に、原告主張の被告の行為が不法行為にあたるとしても、遅くとも昭和四〇年七月ころには原告において損害の発生及び加害者を知ったはずであるから、損害賠償請求権は既に昭和四三年七月時効により消滅したので、これを援用する。

四 抗弁に対する認否

争う。

五 再抗弁

1  被告は、昭和四一年三月二二日付の原告宛書面によって、本件債権の存在を承認した。

2  原告は昭和四四年二月二八日付北海道開発局石狩川開発建設部長宛書面によって、本件債権につきその履行を催告したから、これにより消滅時効は中断した。

六 再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。なお、被告の原告に対する昭和四一年三月二二日付書面は、B地に関する原告所有の建物、工作物、機械等の移転補償費と原告の三か月間の休業補償費合計金一〇六万九、八〇〇円を認める旨のものに過ぎず、本件不法行為による損害賠償債権の存在を承認したものではない。

第三証拠《省略》

理由

一  原告が昭和三八年七月二七日ころ訴外栗山孝信との間においてその所有の樺戸郡新十津川町字下徳富五九三番地(後に同二三四番地の六と地番変更)雑種地三九、九八三平方メートル(別紙図面A地及びB地)につき採石権設定契約を結んだことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右の採石権の内容は存続期間昭和三八年七月から一〇年間、砂利及び砂採取量一か年一万坪以内というものであったこと、原告はこの採石権に基づきA地及びB地を唯一の事業場として多大の資本を投じて砂利採取をなし、砂利販売業を営んでいたことが認められる。

二  そして、《証拠省略》によれば、A地及びB地はもと石狩川に対しその右岸に位置していたが、その後右石狩川水流が北方に湾曲移動したため、遂にその左岸に位置するに至り、かつ、東、北、西の三方を石狩川に、南方を民有地及び国有地たる旧石狩川水流敷地跡に囲繞されるに至ったこと、A地及びB地からの採取砂利の運搬は、砂川市街方面から順次砂川市管理にかかる市道南四号線を西進して市道西四線に達し、次いで市道西四線を北上してその起点たる砂川市西豊沼二二七番地(市道南三号線との交点)迄至り、更にその先に存する国有地たる右旧石狩川の水流の敷地跡で荒れ地となっていた土地(後記新水路敷地部分)を通り次いでこれに隣接する民有地内を経てA地及びB地に達する通路を利用してこれを行なっていたものであり、石狩川右岸からの砂利は運搬は橋を架すとか、舟筏を用いるとかする外なく、従って経済上極めて困難であったことが認められる(原告が右経路を使用していたことは当事者間に争いがない。)。

原告において右市道西四線は、これと前記南三号線との交点から更に北方まで延びており、したがって、前記旧石狩川河川水流の敷地跡で荒地状となっていた土地(後記新水路敷地部分)も、これが市道西四線の一部である旨主張するが、これを認めるに足る証拠はなく、却って、前記認定のとおり認められるのであるから、この点の原告の主張は採用し得ない。

三  そこで、次に原告の右国有地たる旧石狩川の水流の敷地跡で荒地状となっていた土地(後記新水路敷地部分)についての通行の権限の有無につき検討することとする。

《証拠省略》によれば、A地及びB地はその東、北、西方を石狩川が湾曲して流れており、又、その南方には民有地及び国有地たる旧石狩川の水流の敷地跡で荒地状となっていた土地(後記新水路敷地部分)により囲繞せられていたこと、原告は昭和三八年七月二七日ころ右A地及びB地につき採石権を取得したものであることは前示のとおりであり、したがって右A地及びB地は公路たる市道西四線に通じていなかったことが認められる。

ところで、弁論の全趣旨によれば、前示のように石狩川がその水流を移動したため、旧石狩川の水流の敷地跡(後記新水路敷地部分)は荒地状となっていたが同地は処分されることなく、旧河川法(明治二九年法律第七一号)第四条により河川の区域となっていたが河川法施行法(昭和三九年法律第一六八号)第三条により昭和四〇年四月一日以降河川法(昭和三九年法律第一六七号)第六条の規定による河川区域として国において管理されていたことを認めることができる。したがって、右旧石狩川の水流の敷地跡は、なお国有財産法第三条一項二号の公共用財産であったわけである。そこで、公共用財産に対し民法上の囲繞地通行権が成立するかであるが、一般的に河川、海岸、道路、公園等を構成する公共用財産たる土地については、そのそれぞれの有する公共的機能を十分に果させるため必要な限度で、これらの土地につき公法的な規律の対象とする必要があり、そのためそれらの土地については、少くともその目的を妨げるような限度においては、私法的規律の適用が排除されるものと解される。したがって、本件の場合においても、前示のようにA地及びB地が河川区域に囲繞され、これを通らなければ公路たる市道西四号線に至ることができなかったといっても、河川区域は河川について洪水等による災害の発生を防止し、河川が適正に利用され、流れの正常な機能を維持する目的で設けられかつ管理されること、又、河川管理者は河川工事実施基本計画を定める義務を負い(河川法第一六条)、同工事を実施し得るものであることに鑑みると、このような河川区域内の土地たる囲繞地については袋地のため少なくともトラックによる如き通行を受忍する負担を負うべきものではないと解するのが相当である。換言すれば河川区域内の土地により囲繞せられた袋地の所有者は、囲繞地たる河川区域内の土地につきトラックによる如き囲繞地通行権を取得することはないものと解することができる。尤も、本件のような場合において、A地及びB地から公路たる市道西四線への通行がまったく不能となるわけではなく、原告が河川法第二四条、第二七条に基づき囲繞されたA地及びB地から公路たる市道西四線に至るため河川区域の通行又は通路開設の許可を求め、その許可を得たうえでこれを通行し得るものというべきである。そして、本件においては、旧石狩川の水流の敷地跡はすでに荒地状となっていたわけであり、砂利運搬のためのトラック等の通行により直ちに治水上の障害が発生するような事情は本件全証拠によっても窺うことができないので、原告が同法に基づき右通行の許可を求めた場合には、被告としてもこれを許可するにつき特段の障害はなかったものと考えられる。(但し、原告が、本件において右の通行の許可を求める手続をとっていなかったことは、弁論の全趣旨より明らかである。)そして、右使用権が設定されたときは、それは公共用財産としての公共的機能を果すことを妨げない限度で認められるに過ぎないものであるから治水のための改修事業が行なわれるというような場合には河川法第七五条二項四号に基づきその許可が取消されることがあってもやむを得ず、この場合には同法第七六条一項によりこれにより生じた損失の補償がなされるに過ぎないものというべきものである(同法第一九条、第二四条参照)。

したがって、原告が本件新水路敷地部分につき囲繞地通行権を有していたことを前提とし、この通行権を侵害したことに基づく請求は、そもそも本件においては本件新水路敷地部分に囲繞地通行権が存することは認められないのであるから、その前提を欠き理由がないものといわなければならない。

四  ところで、原告は本訴において通行権の性質を囲繞地通行権と解し、これが侵害されたものとして損害賠償の請求をしているが、原告はその通行権の性質に必ずしもこだわるものではなく、要するに、A地が囲繞されたことに基づいて発生した通行権ないし利益が侵害されたことに対し、その損害の賠償を求めているものと解されるので、前示のようにA地において存する囲繞地通行権に類する権利ないし利益に対し、請求原因3の(一)及び(二)記載の侵害行為が成立するかにつき以下検討することとする。

1  《証拠省略》によれば、建設大臣は一級河川石狩川改修工事に伴う砂川地区改修事業(本件改修事業)として、昭和四〇年度を初年度とする石狩川の支川豊沼奈井江川分流点から、同河川の支川空知川合流点に至る約八、一八〇メートルの区間に事業契約四億六、〇〇〇万円を以って掘削、浚渫、築堤、護岸、水利、堤内排水路等の河川工事を起業したこと、そして建設大臣は昭和四〇年度以降前記市道西四線の起点からそれに接続して北方に存する土地(前記原告においてA地及びB地から採取した砂利を同所から市道西四線起点迄運搬するのに使用していた通路部分を含む一帯の土地)を石狩川の新水路の流水の存すべき土地とすることを計画し、そのため同地を掘削、浚渫する工事を施行することを定めたことが認められる。そして、北海道開発局石狩川治水事務所奈井江事業所長安彦弘が昭和三九年一一月四日現地において工事説明会を開いたことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右説明会は砂川地区で砂利採取業を営んでいる原告ら業者を対象としたものであったこと、右説明会の席上において奈井江事業所長らは、前示改修事業計画及びその施行のための用地等の買収並びにこれに伴い生ずる補償につき説明を行なうとともに、本件改修事業の意義、経済的効果などに訴え、砂利採取業者らに用地等の買収についての協力を要請したこと、原告は他に砂利採取の代替地を捜そうとしたものの他に適当な代替地を見つけることができなかったため、昭和三九年一二月上旬ころになって、昭和四〇年度からA地及びB地における砂利採取業を廃止することを決意し、そのころ右A地及びB地に設置した電気設備などの撤去にかかったこと、しかし、北海道開発局石狩川治水事務所長は昭和四〇年二月二六日ころ原告に対し補償問題未解決のため、原告においてA地及びB地における砂利採取及び前記新水路敷地部分を通行しての砂利の運搬は差支えなく、但し、新水路敷地部分の通行については、申請があればその掘削浚渫工事の施行に支障のない個所につき通行を許可する方針である旨通告したが、原告は昭和四〇年四月以降右砂利採取及びその運搬を再開しようとしなかったことを認めることができる。

しかしながら、右奈井江事業所長の説明会における発言をもって、これを違法なものということはできない。即ち、右の発言はあくまでも本件改修事業の計画の説明及び原告らに対する用地等の買収、補償についての協力の要請の趣旨のもとに行なわれたものに過ぎず、これを以って原告に強迫等その意思に不当な影響を及ぼしたものということはできないし、又、そもそもその発言自体の効力として、現実に原告の右砂利採取、運搬を禁止する効力を有しているものではなく、そのうえこれにより直ちに原告の右砂利採取及び運搬が現実に妨害されたものとみることもできないからである。したがって、奈井江事業所長の前記説明会における発言を不法行為ということはできないから、これが不法行為たる侵害行為にあたることを前提とする原告の賠償請求の主張は理由がないものというべきである。

2  次いで《証拠省略》によれば、被告は昭和四〇年五月ころ以降右新水路敷地部分の掘削工事に着手したため同部分の通行は遮断されるに至ったが、同所の東方の未掘削部分に迂回路を設けたので、右A地及びB地と市道西四線を結ぶ通行に支障はなかったこと、その後被告は同年七月ころに至り右掘削工事の進行によって、右迂回路を遮断するに至ったことが認められる。ところで、前示のように本件改修事業は建設大臣の起業により適式な手続を経て行なわれたものであり、そして、被告が本件新水路敷地部分の通行の許可を受けていたとしても、それはその性質上公共用財産としての河川敷の公共的機能を果すため必要な限度で制約を受けるものであることも前示の通りであるから、本件の石狩川の治水事業という公共的目的のために、許可の取消がなされてもやむを得ないものであり、許可を受けていない本件の場合においても、被告は事実上なされていた原告の通行を適法に制限し得るものというべきである。前示の如く、被告においては昭和四〇年二月二六日ころ被告に対し、新水路敷地部分の通行について、申請があればその掘削工事の施行に支障のない個所につき通行を許可する旨の通告をなし、また、昭和四〇年五月ころ以降同年七月ころまで迂回路を設けて、A地への通行を確保する措置を取っていたのであるから、この程度の制限を受けても被告はこれを甘受せざるを得ないものというべきである。又、被告は昭和四〇年七月から前記迂回路も遮断し、この限りでA地から市道への本件新水路部分の通行が不能となったものであるが、被告は前示のとおり河川工事の必要上これをなしたものと認められるから、原告が通行の許可を受けていたとしても、これを適法に取消し得る場合であることは明らかであり、殊に本件においては原告はこの許可を受けていたものではないのであるから、河川工事による制限を受け通行が不能になったとしても、これをもって不法行為ということはできない。なお、原告は既にこの時点では砂利採取の営業活動を行なっておらなかったのであるから、原告に営業侵害による損害が発生するということはありえない。

五  以上のような次第で、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 磯部喬 裁判官 畔柳正義 平澤雄二)

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